今年が初年度となるITALIAN WEEK 100開催準備にあたり、真っ先に取り組んだのが統一テーマ、いわば命題の策定だった。それは単に机上で考えたコンセプトではなく、全参加シェフの諸兄姉に、興味を持って取り組んでもらえるものでなくてはならないし、そうした理念から生まれた料理はきっと多くの人の記憶にいつまでも残る、そう信じてたどり着いた答えが「パスタの未来形」だった。「パスタの未来形」の考え方は人それぞれで、未来に残したい伝統的なパスタという考えもあるかもしれないし、未来の食材の可能性を考えたパスタ、あるいは料理人として未来永劫作り続けたいパスタだというシェフもいるかもしれない。100人いれば100のオリジナリティとストーリーに裏付けされたパスタがある。各人各様イタリア料理の根源たるパスタについて今一度全員で深く考察するのは日本のイタリア料理の将来を考えたら価値ある問いかけとなるのではないか、そんな思いから「パスタの未来形」という統一テーマは生まれた。

イタリア料理が他の料理と絶対的に異なるのがパスタの存在である。歴史的に考えてみれば、それは人類が小麦の栽培を始め、製粉技術を覚えたであろう紀元前6000年前に始まる。当初はまだ粒食の段階で小麦を直接水で煮て食べた、現在でいうミネストラ(ローマ時代のプルス)だったが、製粉技術を覚えてからはわずかな水で練って加熱して食べるニョッキのようなパスタの原型とも言える形状へとたどりつき、さらにはその生地を伸ばすことを覚えてからというもの、現代に至る数千年の間にパスタは無数のバリエーションを生み出してきた。イタリアという国家は中世以降1400年間に渡って小国分裂状態だったことから地域ごとに異なるパスタが生まれ、いまも食べ続けられていることは、料理史の観点から見ればローマ帝国崩壊がもたらした最大の恩恵のひとつであろう。

しかし現在我々が目にし口にするパスタは、当然ながら古代のパスタそのものではなく常に進化を続けてきたものだ。ギリシャ・ローマ時代に遡るラザニアの先祖「ラーガネ」にはじまり、11世紀のシチリアではすでに紐状のパスタが商品化されていたし、卵を使った手打ちパスタが生まれるとその形状は飛躍的に増えて人々のデザイン思考を大いに刺激し、ジェノヴァ生まれのコロンブスが南米から持ち帰ったトマトが食用として定着すると無数のパスタソースが生まれた。しかしパスタの歴史は必ずしもいいことばかりではなく、20世紀初頭の進歩人である未来派たちはパスタをイタリア人の非生産性=堕落の象徴としてその存在を否定したこともあった。つまりパスタは良くも悪くも、長い年月をかけてつねに未来へ向けて進化を続けてきたのである。

いまや日本全国、文字通り津々浦々にイタリア料理店があり、シェフたちは地元の食材のみならず地方の伝統や風土までも自らのイタリア料理に反映させ、日本独自のイタリア料理をつくり出している。そうしたシェフはイタリア修行経験のあるなしに関わらず、全員がイタリア料理の代弁者であり伝道師である。それは世界的にみても日本にしかない特徴であり、ガンベロロッソの創始者である故ステファノ・ボニッリが20年前に日本のイタリア料理の充実ぶりを見て「日本はイタリア21番目の州だ」と呼んだことは、今思い出しても実に示唆に富む発言だったと改めて思う。

「パスタの未来形」とは果たしてなにか?地方巡業を続けて日本各地で多くのシェフと語らう機会を得たが、「パスタの未来形」という統一テーマについて、全てのシェフが実に深く、真剣に考え、取り組んでいるその姿に何度も心を強く打たれた。イタリア人でさえ忘れているような地方の伝統パスタを作り続け未来に残していくことが「パスタの未来形」だというシェフもいれば、イタリアで恩師に教わったパスタを頑なに作り続けることが今も未来も自分の使命だと語るシェフもいる。東北の郷土料理を新しいパスタに昇華させようとしているシェフもいれば、北海道の住民でさえ知らないアイヌ文化をパスタを通じて表現しているシェフもいる。フードロスに対して真剣に取り組み、キロメトロゼロ=地産地消で地元の生産者と共存することで自分の料理が完成すると語るシェフもいたし、AIに「パスタの未来形」とは?と尋ねたリベラルなシェフもいた。つまり十人十色ならぬ百人百色、それぞれがオリジナルの「パスタの未来形」の提案なのだ。

各シェフが趣向を凝らした「パスタの未来形」を披露してくれるとあれば、実際にその世界観を体験したくなるのは必定のことだろう。東京や京都、大阪など一つの街で何軒も食べ歩くのもいいし、休日には新幹線や飛行機に乗って目当ての店をたずねるのもフードツーリズムの観点からも実に歓迎すべき旅のスタイルだ。「パスタの未来形」とは実は日本のイタリア料理の未来形と同意語なのである。友人と、家族と、あるいはたとえ1人でもこの機会にパスタ求めて日本全国を旅し、イタリア料理のさらなる興隆の一助となってくれたとしたらITALIAN WEEK 100としてこれほど嬉しいことはない。また、各シェフ考案の期間限定スペシャルパスタが一堂に揃う、プレゼント付き人気投票フォームも近日公開予定なので、これぞと思うパスタにはこぞって投票していただきたい。