札幌から北海道縦貫自動車道に乗って南下すること約1時間。苫小牧を過ぎるとやがて白老にある「ウポポイ 民族共生象徴空間」に着く。「ウポポイ」は2020年に一般公開が始まったアイヌ民族の歴史、文化を学び伝える貴重なナショナルセンターだ。「ウポポイ」とはアイヌ民族の言葉で「大勢で歌うこと」を意味する。ちなみに「アイヌ」とは「人間」を意味し、その人間の生活を支える「カムイ」とは「神」を意味している。

ポロト湖に面した広大な敷地はいくつかの施設に分かれていてさまざまなアイヌ民族に関する資料や衣装、道具などが展示されており「国立アイヌ民族博物館」、「体験交流ホール」「歓迎の広場」「いざないの回廊」などに分かれている。駐車場に車を停めてまず向かったのは伝統的アイヌ民族の住宅「チセ」を復元した集落「コタン」だ。ここで出迎えてくれたのは「公益財団法人アイヌ民族文化財団」の野本正博氏。野本氏は旧「アイヌ民族博物館」館長であり現在は「ウポポイ」で文化振興部長を務めるアイヌ文化の専門家だ。

まずは野本氏に案内していただきながら「コタン」に隣接した植物園を見学する。ここにはアイヌ民族の暮らしには欠かせないさまざまな北海道の野草や薬草が植えられている。例えば狩猟に使ったトリカブト「スㇽク」や料理の際に欠かせない行者ニンニク「プクサ」、あるいは2023年度ITALIAN WEEK100ベストシェフ賞に輝いた「TAKAO」高尾僚将シェフのシグネチャーディッシュとして有名になったオオウバユリ「トゥレㇷ゚」など、これまでは話として聞くだけ、あるいは料理として口にするばかりだったが実際に生育している姿を、目の当たりにすることができたのだ。

コタンを見学していると野本氏から思いがけない言葉を聞いた。「アイヌとイタリアは実は意外と接点がありまして、アイヌの信仰を新たな視点で研究したのはフォスコ・マライーニでした」と野本氏。この時まで全く忘れていたのだが、フォスコ・マライーニとは作家ダーチャ・マライーニの父親であり、「帰郷 シチーリアへ」などダーチャの作品は20代の頃に何冊か読んだことがあった。フィレンツェに生まれたフォスコは大学時代にアジアの言語を学んだ後に妻子を連れて来日、北海道でアイヌ文化の研究を進める。20世紀初頭は激動の時代。1943年にイタリアは連合国に降伏し、ナチスによるサロ共和国傀儡政権が誕生したがフォスコはファシズム政権への忠誠を拒否。すると幼いダーチャ含む家族5人全員が名古屋の矯正収容所に投獄されたが、フォスコは獄中での家族の待遇改善を訴えて左手の小指を自らの斧で切り落としたという激しい逸話も残されている。そんな古い記憶を探りつつ、野本氏とイタリアとアイヌそれぞれの料理文化について話す。

例えばトゥレㇷ゚はアイヌ民族の食文化において重要な位置を占めており、旧暦4月をアイヌ語で「モキウタ」(少しウバユリを掘る月)、5月を「シキウタ」(本格的にオオウバユリを掘る月)、と呼ばれていたほど。この時期にアイム民族の女性は山に入ってトゥレㇷ゚を採集し、球根を水にさらして澱粉を分離させる。そこに沈んだ澱粉は一番粉と呼んで薬用に用い、繊維が混ざった二番粉は丸めてフキの葉に包み、発酵・乾燥させて保存食とし、汁(オハウ)に入れて食べたりしたのだ。野本氏と一緒に訪れたコタンの中にもアペソ(囲炉裏)の上にはトゥレㇷ゚と鮭が吊るしてあった。イタリアでも中世の頃は硬くなったパンを汁に浸して(Inzuppare インズッパーレ)食べたことが「ズッパ=スープ」の語源となったし、今も「パッパ・アル・ポモドーロ」や「リボッリータ」などパンを使ったスープはフォスコの故郷であるフィレンツェおよびトスカーナ州の日常食である。

野本氏と一緒に囲炉裏のそばで鮭の燻製の切り身をいただく。鮭はアイヌ民族は「カムイチェㇷ゚(神の魚)」あるいは「シペ(本当の食べ物)」と読んで珍重していたというから、これは客人へのもてなしの気持ちとして全て残さずにありがたくいただく。カムイチェㇷ゚といえば「ウポポイ」に隣接する「星野リゾート」の「界ポロト」の朝食では鮭のチタタㇷ゚(ミンチ)のオハウをいただいたが、これは牛乳にジャガイモも入った、とても素朴で滋味あふれる、心も体もあたたまる汁だったことは忘れ難い。

「国立アイヌ民族博物館」ではそうしたアイヌ民族の食文化や風習、意匠などが展示されており、大人も子供も楽しめる工夫が満載だ。展示はアイヌ民族の視点による「私たちのことば」「私たちの世界」「私たちの歴史」「私たちのくらし」「私たちのしごと」「私たちの交流」という6つのテーマで構成されている。圧巻なのは熊をカムイの世界へと送り出す「クマの霊送りの儀礼」に使われたという高さ6mの木の杭だ。他にもオヒョウの皮から作る糸、その糸で布を作る織機、精密な彫りが刻まれたナイフ「マキリ」など見応えある展示が多い。

また施設内にはアイヌ民族の伝統料理が食べられるレストランも併設されている。例えば「焚き火ダイニングカフェ ハルランナ」のメニューは「ユㇰ(蝦夷鹿)の焚火ロースト」「北海道産ワインラムの焚火ロースト」「タリアテッレ 蝦夷鹿のミートソース」などが味わえる他、「ヒンナヒンナキッチン 炎」では軽食や定食が、「カフェ リㇺセ」では「チェㇷ゚オハウ(鮭のオハウ)」などの伝統料理が「sweets café ななかまど イレンカ」では北海道産チーズを使った「カップチーズケーキ」などが味わえる。ちなみに「ヒンナ」とは感謝を表す言葉である。天上からいただいた食物に感謝を捧げつつありがたくいただく。日常生活ではつい忘れがちになるこの真理にきづかせてくれるのも、自然と共生してきたアイヌ民族ならでは。次回北海道を訪れた際には、普段の暮らしや食生活に取り入れられそうな示唆に富んだ「ウポポイ 民族共生象徴空間」へのワンデイトリップをお勧めする。


INFORMATION

ウポポイ 民族共生象徴空間
北海道白老郡白老町若草町2-3[google MAP🔗]
公式WEB