cucina regionale YANAGAWA
クチーナ レジョナーレ ヤナガワ

古い街並みが並ぶ奈良町に誕生したアルタ・クチーナ


イタリアで経験を積んだ栁川真美シェフの世界観、信念、哲学

イタリアでシェフの取材をしていると昔からよく言われることがある。それは「日本にはなぜ女性シェフが少ないんだ?」という、ある意味触れてほしくない事実についての質問なのだ。確かにイタリアは他国に比べても女性シェフの地位が高く、過去にミシュラン・イタリアで3つ星に輝いたアニー・フェオルデ(フランス人)、ナディア・サンティーニ、ルイーザ・ヴァラッツァを筆頭に、現在でも次世代を担う女性シェフが次々に誕生している。それはそもそもイタリア料理が家庭料理の延長であるから、ということも重要な要素だが、才能さえあれば性別は問わないというのがイタリアの社会通念なのであることは現首相ジョルジャ・メローニを見れば明らかだろう。そんな日本のイタリア料理界に一石を投じる存在となりうるのが奈良市内にある「クチーナ レジョナーレ ヤナガワ」の栁川真美シェフだ。

栁川シェフは異色の経歴の持ち主である。新聞社、出版社での勤務後専業主婦を経て、京都のイタリア料理店が運営する料理教室に通い始めたのがきっかけだったが、そこからの情熱と傾倒ぶりがすごい。37歳で厨房未経験のままイタリアに渡るとピエモンテの「ガルデニア」「ダ・グイド」を皮切りに「サント・ウベルトゥス」「ウリアッシ」「マドンニーナ・デル・ペスカトーレ」現代イタリアを代表するレストランで研鑽を積む。どこのレストランでも「ここに残ってくれ」とシェフたちに請われたというが6年半のイタリア滞在を経て帰国。東京の「ハインツ・ベック」などを経て西麻布「ヴィーノ・デッラ・パーチェ」のシェフとして活躍した。2019年に他界したオーナー内藤和雄氏から「これからのイタリア料理業界を頼む」と託されたという。

2022年には生まれ故郷である奈良市中心部に「クチーナ レジョナーナ ヤナガワ」を開業。鹿格子に代表される古い街並みが並ぶ奈良町は趣溢れた界隈であり、すぐ近くには聖徳太子が創建した元興寺がある。栁川シェフは以前飲食店として利用されていたがしばらく空き家となっていたこの町家3件分を使ってレストランに改装。外見は周囲の環境に溶けこむようにそのままに、しかし内部はというと純白の空間にコの字型のカウンター、中庭にはオリーブの木が植えられておりモダンかつミニマル。それは栁川シェフの料理の世界観をあらわしているかのようだ。

現在料理は季節の食材にあわせたコース一本で、基本的には奈良の食材を使いたいがなかなか全て揃うわけではないという。ある日の料理は例えば「明石の鯛のモザイク仕立て」これは2時間昆布締めにした鯛を木の芽ソースの上に敷き、クリームチーズのソース、イタリア産キャビア、コンソメのジュレ、寺田恵理農園のナスタチウムの葉とアリッサムの花で涼しげな水面をイメージしている。ちなみにこれはカルパッチョではなくペッシュクルード(生の魚)だと栁川シェフ。なぜならばイタリアではカルパッチョという料理名は赤い肉または魚以外に使わない、魚で唯一の例外はマグロ、それ以外は全てペッシェクルード、と語ってくれた。

「アマゴのフリット」これは天川村のアマゴを軽く開いてからスモーク、中に紫蘇のソースを挟み、自家製酵母で作ったパンのパン粉でフリットにしてある。そこにフレッシュチーズのソースとアマゴの卵を使ったトラウトキャビア。寺田農園の葉野菜。イタリアらしいきめの細かいパン粉を使ったフリットは上品で軽やか。上質なアマゴに弾力あるトラウトキャビアがアクセント。栁川シェフは北イタリアでの経験が長いので乳製品は多く使うがいい食材をシンプルに調理することであっさりと食べてもらえる料理を心がけているという。パスタは「冷製カッペッリーニ」で新ジャガイモのクリームに石川県産甘エビのタルタル。コクのあるポタージュが淡白な細麺とよくあい、黒胡椒の辛味が全体を引き締める。

調理はもちろんワインのサーブまで、現在は全ての仕事を一人でこなす栁川シェフだが、ゆくゆくはスタッフを入れて徐々にレストランとしての形態を充実させていきたいという。イタリア料理業界には優秀な女性も多いが開業するとなるとカジュアルなトラットリアが多く、せっかく経験があるのに高級料理店であるリストランテを選択する女性は圧倒的に少ない。もちろんリストランテが全てではないが、みんなできるはず。女性は結婚、出産して仕事を離れないといけない時期もあるがイタリア料理という仕事を続けていってほしいと思う、と栁川シェフ。かつて内藤和雄氏から「これからのイタリア料理業界を頼む」といわれた際、そんなの無理ですと一度は反発したというが、その数年後、亡くなる3週間前に奈良を訪れた内藤氏に「 私もイタリア料理業界を背負って頑張れるようにする」と約束したそうだ。育ててもらった業界に自分ができる形で恩返ししたいという栁川シェフだが、これまで歩んできた道のりはすでに多くの女性シェフたちの刺激になっていることと想像する。そして対外的にもその仕事がさらに評価されるようになれば、栁川シェフに続く若き女性シェフたちも次々にあらわれるかもしれない。それこそが日本のイタリア料理界に対する恩返しであり、内藤氏が託したことなのではないだろうか?リストランテ=アルタ・クチーナの世界で奮闘努力する栁川シェフにあらためて拍手を送りたい。


chef profile

栁川 真美
MAMI YANAGAWA

1971年奈良県生まれ。新聞社、出版社勤務後、専業主婦時代に通った料理教室でイタリア料理に目覚め、37歳でイタリアへ渡る。6年半の間に「ガルデニア」「ダ・グイド」「サント・ウベルトゥス」「ウリアッシ」「マドンニーナ・デル・ペスカトーレ」など名だたる名店の厨房を経験し帰国。「ハインツ・ベック」などを経て内藤和雄氏の「ヴィーノ・デッラ・パーチェ」シェフに就任。2022年地元奈良に「クチーナ レジョナーレ ヤナガワ」オープン。


INFORMATION

奈良県奈良市芝突抜町12[google MAP🔗]
Tel:0742-25-2305
営業時間:ディナー 18:00~22:00
水休
公式WEB