TSUKIHI
ツキヒ
福井県のワイナリーレストランで始まる長屋恭平シェフの新ステージ














福井の工芸と職人の技術を反映した、長屋シェフならでは手仕事
「シックススリーエステート」は2023年に開業したばかりの北陸新幹線、越前たけふ駅から徒歩15分ほどの場所にある。2020年創業と非常に若いワイナリーだが、シャルドネ、メルロー、ガメイなどヨーロッパ品種12種類を栽培し越前ならではのテロワールをいかしたワイン作りに意欲を燃やしている。その「シックススリーエステート」の最新プロジェクトが2025年2月にオープンした直営レストラン「ツキヒ」だ。その店名は松尾芭蕉が奥の細道で「月日は永遠の旅人である」と詠んだことに由来する。そのオープニングシェフとして抜擢されたのが神戸「エッレ」のシェフとして活躍した長屋恭平シェフだ。
岐阜県に生まれた長屋シェフはイタリアや大阪、神戸での勤務経験を経て2024年1月、福井の地に移住し新しくワイナリーレストランを立ち上げるという壮大なプロジェクトに取り組み始めた。1年かけてワイナリーでブドウの栽培や収穫、醸造、さらには福井の食材や食文化を学び、ワイナリーのコンセプトである越前テロワールを取り入れたメニューを完成、スタートさせたのだ。ワイナリーに併設するレストランはファクトリーをイメージしているため鉄の梁をあえて残し、越前瓦、越前和紙など福井の手仕事をインテリアに取りこんでいる。「この地域は焼き物や漆、和紙、メガネ、包丁など伝統的に職人による手工芸が盛んなのです」と長屋シェフ。地形的に海と山が近いので水も軟水になり出汁が取りやすく、里山の食材と海の食材を交互に出すなど1年かけて体験した越前生態系そのものを料理に取り入れているのだ。「エッレ」時代も薪で調理した一連の料理は驚きの連続だったが、「ツキヒ」でも長屋シェフが使用する熱源は炭のオーブン、特注の薪窯、薪のかまどと調理本来の姿を相変わらず追求し続けている。
これはイタリア料理自体の課題でもあるのだが、料理が高級になればなるほどフランス料理との境界線が曖昧になり、ゲストに伝わりにくいという永遠のジレンマがある。長屋シェフもまた、仕事しすぎるとフランス料理に近くなるし、日本ならではということでイタリアよりもさらに素材を第一義として前面に出しているという。見た目はシンプル、しかしその裏に隠された思考、仕込み、調理には他を圧倒する真摯な姿勢が見てとれる。
例えばアミューズは一口サイズの「サザエのタルト」。これは敦賀にある奥井海生堂の昆布で締めたサザエと昆布オイルでマリネしたほうれん草、おぼろ昆布。爽快な海の香り。「そばがき」これは挽きたての蕎麦粉を一度焼き、中に蕗の薹味噌を詰めたそばがきにしてからさらに焼いた料理で、アーモンドミルクのソースと3種類の豆。越前そばで名高い福井のそばを使った料理はそばがきというよりも蕎麦粉のニョッキだ。植物性のアーモンドミルクをソースにしたのは、永平寺の精進料理のエッセンスを取り入れてあるからだ。続く3種類の海の幸の前菜は「メジマグロとクレソン」「ヒラマサ」「ガマエビ」でメジマグロには池田町のクレソン。ヒラマサには小松菜と豆麹、ヘーゼルナッツ、アニスの花。ガマエビには自家製のヤマウニをあわせてある。ヤマウニトは福井伝統の柚子胡椒で、海産物は使用していないのにウニのような色になることでそう呼ばれているという。地元の主婦たちから学んだという長屋シェフのヤマウニはンドゥイヤを思わせるイタリアの味だった。
「しいたけのクロスティーニ」には見覚えがある人も多いだろう。これは「エッレ」時代に長屋シェフのスペシャリティだった「マッシュルームのクロスティーニ」の進化系で、カリカリに焼き上げた自家製パンの上には鹿肉のタルタルと椎茸。一口噛むと官能的な食感と旨味が広がる、忘れ難いクロスティーニ。と、ひとことでいうのは簡単だが椎茸は一度椎茸のスープで炊いてから極薄切りにし、鹿肉はワイナリーの赤ワインでマリネしたあと一度薪でしっかり焼いて火を入れ、表面を削り落としてから冷凍。提供前に再度薪で香りをつけてある。
「アオリイカのタリオリーニ」はイカのコンソメと自家製のイカの魚醤、麹のソース。卵入りのパスタを噛み締めていると口中でカルボナーラを思わせる味になる。肉は「若狭牛のランプ」これは薪で焼き、剪定したブドウの木で薫香をつけてある。ソースには乳酸発酵させた野菜とブドウの絞りカスを使用するなど、ワイナリーから出る素材も余すことなく徹頭徹尾再利用している。
「シックススリーエステート」と「ツキヒ」が目指しているのは料理とワインだけでなく、周辺地域の手工芸も含めたトータルなフードエクスペリエンスの提供だ。地方に伝わる料理文化や食材を取り入れることは日本のイタリア料理のストロングポイントだと常々思っているが、長屋シェフはそうした概念を超越した一連の料理を作り出す。「ツキヒ」は2025年オープンの新店だが、内外問わず多方面から高評価をえるのは時間の問題だと予想する。
chef profile

長屋 恭平
KYOHEI NAGAYA
1985年岐阜県生まれ 地元岐阜の老舗イタリア料理店にて勤務後渡伊。トスカーナ州「バタフライ」「レッジェンダ・デイ・フラーティ」などのレストランにて研修。銀座「アルマーニ / リストランテ」、大阪のレストランを経て神戸「エッレ」シェフに就任。2024年より「ツキヒ」シェフ。1年間の準備期間を経て2025年2月「ツキヒ」オープン。
INFORMATION
福井県越前市葛岡町8-10-1[google MAP🔗]
Tel:0778-24-0318
営業時間:ランチ 12:00~(土日祝のみ) ディナー 17:30〜
水休
➣ 公式WEB
▶︎2025 ITALIAN WEEK 100 パスタの存在証明メニュー Read more ≫

古来より稲作文化が根付く越前の地に、新たに息づくワインぶどう栽培。そして、六古窯の伝統を受け継ぐ越前焼の里。この豊かな土地の個性(テリトーリオ)を、一皿のパスタに凝縮しました。
◎福地鶏の卵とメルローの香りを纏うタリオリーニ
越前海岸の恵みである甲殻類と海藻を飼料とした「福地鶏」の貴重な卵を使用し、繊細でありながらコシのある手打ちのタリオリーニを打ち上げます。
麺を茹でるのは、メルローの絞り滓を溶かした香り高い湯。この一手間が、ワイン醸造の過程で生まれる複雑で深遠なアロマを、麺の一本一本に刻み込みます。
◎海と山の恵みのソース
ベースとなる出汁は、清らかな湧水を用い、越前海岸のガマエビと、里山の福地鶏から丁寧に引いた、豊かで滋味溢れる味わい。
ここに、自社ワイナリーのメルロー種の芳醇な澱(おり)を加えることで、ソース全体に豊かな奥行きと、重層的な味わいを与えます。
◎メルローの糠床で熟成させたゴーダチーズ
仕上げには、地元で作られるゴーダチーズを、メルローの搾り滓を加えた独自の糠床に漬け込み、熟成させたものを上から削りかけます。この独自のチーズは、濃厚な旨味とともに、奥行きのある酸味が加わり、越前の風土が育んだ歴史と未来を映し出します。
その根幹にあるのは、地域に古くから根付く稲作の文化と、新たに生まれたワインぶどう栽培の文化、これらを融合させるという思想です。 伝統への深い敬意を払いながら、革新的な感性を取り入れたこのパスタ「越前テリトーリオ」は、この土地の豊かな未来を表現しています。

