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両忘

二項対立から解き放たれて達した無我の境地


華美な装飾を削ぎ落とすことで本質を追求する

「両忘」とは禅の言葉で、二つの対立することを忘れる、という意味だ。例えば善と悪、愛と憎、是と非など二項対立概念において人間は、常にどちらかを選んでしまう傾向にあるという。「生きるべきか死ぬべきか」悩んだハムレットは「両忘」の境地までは辿り着けなかったのかもしれないが、そうした両者の相対的対立を断ち切ったところに明鏡止水、すなわち無我の境地にたどり着けるのかもしれない。中川暁友シェフはイタリア料理の店名にこの難解な言葉を選んだ。

「両忘」は高松市の中心部瓦町近くにあるが、その純白の外観には店名が描かれた小さな鉄の看板がひとつ飾られたきりという非常にシンプルかつミニマルな造り。「伝統か革新か」とはイタリア料理における永遠の命題的な対立する概念だが、和食から始めて後にイタリア料理に移った中川シェフが作る料理は、そうした既成概念から解き放たれた、すがすがしさを覚えるような清廉無垢なイタリア料理だ。

まずは中川シェフ自らが、オーベルニュ産の生ハムを一枚一枚ベルケルのスライサーで切り分けてくれる。まずはそのまま、次に淡路島産新たまねぎの冷たいスープに浮かべて食べる。これは冷製のヴィシソワーズのようで、クリームを加えてあるので冷たいブッラータを思い出させる。「瀬戸内の鱧のフリット」は味付けは塩だけ、とこれまた非常にシンプルなのだが、衣=パステッラにはパルミジャーノを混ぜて揚げてあり、一見シンプルながらも細かいディテールにイタリア料理が宿る。「炭火焼きのサクラマス」は塩とオイルであえた茗荷のトッピング。生椎茸とアスパラガスを使った「香川焼き野菜のスープ」には伊吹島のいりこを使った出汁、鰹節、昆布を使ったスープを使ってある。パスタは「富山産ホタルイカのタリエリーニ」でアサリの出汁とフレッシュトマト。コースの中で手打ちパスタは必ず最低一品入れるという中川シェフだが、リゾットは作らないという。しかしそれは決してイタリア米を使ったリゾットを否定しているのではなく、両忘的精神に基づいた最適解のリゾットを模索中なのだろうと想像する。

最も影響を受けたのは半年一緒に働いた鹿児島時代の「カイノヤ」塩澤シェフだったというが、現在の中川シェフが作る料理はその真逆の方向を向いており、共通項があるとすればお互いにイタリア料理を前面には出していないところか。以前は「イタリア料理」と店名につけていたが現在は外しており、イタリアに強くこだわっているわけでは無い。しかし中川シェフはイタリア料理の根幹であるパスタはこれからも作り続けていくだろうという。革新か伝統か、イタリア料理か和食か、華美かミニマルか、無限か有限か。料理における二項対立の図式はさまざまだが、それらを超越した「両忘」的料理を一度体験してみることをおすすめする。


chef profile

中川 暁友
AKITOMO NAKAGAWA

1982年香川県生まれ。神戸や京都で和食料理人としてスタートを切り、祇園時代にイタリアワインと料理のマリアージュに目覚めたことをきっかけにイタリア料理に転向する。京都「トラットリア ニーノ」「ランポ」、鹿児島「カイノヤ」を経て2015年地元香川で「両忘」OPEN。


INFORMATION

香川県高松市今新町6-2-1[google MAP🔗]
Tel:087-873-2991
営業時間:ランチ12:00〜15:00(日曜のみ、同時スタート)、ディナー 18:00〜(同時スタート)21:00クローズ
定休日:水曜日、その他不定休
公式WEB