PEPE ROSSO
ペペロッソ

郷土料理至上主義者が目指すパスタの未来形


千変万化、めくるめくパスタの迷宮へと誘う

2020年それまでの三軒茶屋から池ノ上に移転した「ペペロッソ」は、その歴史に新たな第二章を刻み始めた。オーナーシェフの今井和正氏は「イルブッテロ」でイタリア郷土料理に目覚め、小池教之シェフ時代の「インカント」で郷土料理志向を大いに発展させる。その真骨頂はなんといってもイタリア人でさえも知る人が少ない、あるいは話には聞いたことがあるが実際に目にしたことがない、そんなマニアックなパスタの数々だろう。

イタリアは東西南北津々浦々、街の数、村の数だけパスタがあるといわれるが全土20州の手打ちパスタを網羅、提供する料理人は日本広しといえどもそう多くはない。トロフィエ、フレーゴラ、コルゼッティ、ブレックス、フィレイヤ、ヴィンチズグラッシ、そんな呪文のようなディープなパスタが「ペペロッソ」では味わえる。それはパスタで巡るイタリア全土の旅だ。

2023年「パスタ未来形」で今井シェフが披露してくれたのは「BASE PASTA FATTO A MANO ベース・パスタ・ファッタ・ア・マーノ」訳すなら「手打ちの基本パスタ」となるだろうか。これは、パスタ未来形の表現として「食べて健康に」という完全栄養食という機能を持たせたパスタである。ソースには近年増加傾向にあるジビエの穴熊と、鳥のレバーを使った猟師風のカッチャトーラ。害獣としてのジビエによる被害とその消費拡大が必要とされている現代から未来へ。一皿食べることによって一食分に必要な栄養素が全て摂取でき、かつジビエの消費拡大にもつながるこのパスタは人気投票でも最後まで最上位を争ったことは、多くの人々が今井シェフの思想に共感した証でもある。

「ラザニア・ウイーク」では「蕎麦粉を詰めたラザーニャのフリット クルミのソース添え」も披露してくれたが、これはバリラ社のラザニアに小諸産粗挽きの蕎麦粉で作ったポレンタとベシャメル、チーズを層にして敷き、一度焼いてから急速に冷やし、カットしてから揚げた、非常に手の込んだ揚げラザニア。ソースはクルミを使ったサルサ・ディ・ノーチで、蕎麦粉とチーズの組み合わせは北イタリア、ヴァルテッリーナ地方のシャットから着想を得たもの。多くの郷土料理の引き出しからその都度最適解を見つけ出すのが今井シェフの真骨頂。

また、パスタだけでなく複雑な工程で知られる発酵菓子パネットーネを作り、イタリアの希少チーズもそろえ、ジビエのシーズンにはアナグマはじめアライグマ、カラス、ワニ、熊、亀などの食材を使うこともある。既成概念にとらわれない、古くて新しい温故知新のイタリア料理を識るには理想的かつベストな一軒。

「発酵させたタルイカのマリネ サルサ・アル・クレンかけ」

日本が世界に誇る食材の一つとして、豊かな魚介類があります。
古来より、日本人は魚介類に対する深い理解と技術を持ち、特に発酵文化の面では島国ならではの知恵と工夫を積み重ねてきました。
その中でも特筆すべき技術のひとつに、伝統的な発酵食品「なれずし」があり、私たちペペロッソはその歴史深い「なれずし」の一つである「なまなれ」に着想を得て、新たな挑戦へと進みました。 


【なまなれとは】 「なまなれ」は、魚を塩と米で漬け込み、発酵させることで複雑な風味と深みを引き出す、伝統的な日本の発酵食品です。この製法には、古代から続く日本人の知恵が凝縮されています。「なれずし」では長期間の発酵を通じて保存性を高めますが、「なまなれ」では発酵の初期段階を楽しむもので、新鮮な魚の風味を生かした料理として親しまれてきました。 


【日本とイタリアの食文化の対話】 私たちはこの伝統的な「なまなれ」にイタリアのエッセンスを組み合わせました。本来、なまなれには日本の主食である米が使用されますが、今回はイタリアの主食であるパンに置き換え、レストランにおいて余剰となりやすいパンを乳酸発酵させたことで、新しい発酵床を作り出しました。この選択は、イタリアでは主食であるがゆえに廃棄されがちなパンを再利用し、持続可能な発酵の形を模索する意図も込められています。
 私たちは自家製のリエヴィト・マードレ(天然酵母)を用いて発酵させたパンをベースに、数日間かけて乳酸発酵を促し、特別な発酵床を作ります。 この手法は、日本とイタリアの発酵文化を結びつける架け橋であり、両国の伝統の尊重と革新への意志を示しています。 ここに塩漬けにしたタルイカを加えることで、発酵の過程で柔らかな食感と深い旨味を持つ新たな味わいを生み出します。特に、10キロを超える大型のタルイカを使用することで、発酵がゆっくり進行し、より複雑で奥行きのある風味を引き出すことができます。


【なぜタルイカなのか?理由は3つ】 

1、福井県で水揚げされるタルイカは、海の豊かな恵みを象徴する存在です。タルイカは特にその大型で肉厚な身が特徴であり、しっかりとした弾力と深い旨味を持っています。この特徴により、タルイカは通常の調理だけでなく、発酵技術を用いることでさらに魅力を引き出せるポテンシャルを持つ食材です。福井の海域は、ミネラル豊富な海水と安定した海流が特徴であり、ここで育つタルイカは、その特有の風味と質感が評価されています。 また、福井県では「へしこ」などの発酵食品が長年にわたり受け継がれ、発酵文化が地元の生活に深く根付いています。この地の気候と発酵技術の組み合わせが、タルイカの発酵料理に新たな価値を与える背景となっているのです。


2、 冷凍せずに味を引き出す方法
福井ではタルイカの冷凍保存が一般的ですが、私たちの調理法では、冷凍ではなく発酵の力で鮮度を保ちながら、より深い旨味を引き出します。自然の力を取り入れて、環境負荷を軽減するこの方法は、地域の伝統を未来へと進化させ、食の持続可能性を追求する挑戦です。

3、 タルイカというモンスターを使う楽しみ
タルイカの巨大なサイズ、すなわち「モンスター」としての特性は、料理人にとって冒険心をくすぐる魅力です。その圧倒的な存在感が、発酵による旨味と相まって料理に特別なインパクトを与えます。私たちは、食材の特性を超えた、文化と技術の調和をこのタルイカを通じて表現しています。


【サルサ・アル・クレンとの組み合わせ】 この料理には、北イタリアの伝統的なソース「サルサ・アル・クレン」を添えています。サルサ・アル・クレンはトレンティーノ=アルト・アディジェ州やフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州で親しまれる郷土料理で、パンをベースとした独特の風味が特徴です。「なれずし」の発酵米を味わうように、発酵させたパンを再構成してソースのベースとしました。発酵した素材を味わう要素を取り入れることで、なれずしと同様の「発酵の旨味」を表現しています。 


【時の重なり】 私たちがこの料理に込めた想いは、日本の古き良き発酵文化とイタリアの食文化の出会いによって、新たな「時の重なり」を創り出すことにあります。日本の伝統とイタリアの革新が出会い、自然と人の調和を体現する一皿として仕上げています。


【発酵の可能性に対するシェフの考え】
私たちは、低温発酵を活用することで、より環境に優しい省エネルギー調理を目指しています。低温発酵は、自然の微生物の力を引き出し、食材の保存性や風味を高めつつ、エネルギー消費を抑える手法です。従来の調理法が高温に頼るのに対し、発酵は低温での加工が可能で、これにより環境への負荷を大幅に軽減することができます。 さらに、常温での発酵技術を駆使することで、加熱や冷却のエネルギー消費を抑えながら、食材が持つ新たな特性や風味を最大限に引き出すことを目指しています。特に、野菜や魚介類を常温で発酵させることにより、素材そのものの自然な味わいを活かした調理が可能となり、食文化の進化を促す手段として大きな可能性を秘めています。 また、発酵食品は保存性の向上にも寄与します。たとえば、福井の伝統的な「へしこ」のように、発酵を利用することで冷凍や冷蔵の必要性を減らし、保存期間の延長と風味の向上を同時に実現できます。こうした技術を応用することで、持続可能で環境負荷の少ない料理の提供が可能になります。 私たちペペロッソが提案する今回の一皿は、自然の力を尊重し、持続可能な未来を見据えた料理です。福井県の豊かな海の恵みと、伝統的な発酵技術を現代の視点で取り入れながら、地域と地球の未来を繋げる新たな食の可能性を表現しています。自然と文化が重なり合うこの料理を、未来への架け橋として、ぜひ味わっていただきたいと思います。


chef profile

今井 和正
KAZUMASA IMAI

10代の頃からイタリア人と共に過ごし感性を磨く。 1984年9月26日生まれ、千葉県出身。野望があるならと辻調理師専門学校を勧められたのがきっかけ。専門学校卒業後は、広尾「イル ブッテロ」にてイタリア人によるイタリア郷土料理と出会う。その後、南麻布「インカント」にてイタリア全土の郷土料理経験を積み、手打ちパスタをメインとしたスタイルの現在の「ペペロッソ」総料理長に至る。修業時代イタリア人と一緒に過ごした時間は、イタリアの生活や習慣のほか、ワイルドさやユニークさなどの感性も磨かれ、現在の料理に活かされている。


INFORMATION

東京都世田谷区代沢2-46-7 エクセル桃井1F[google MAP🔗]
Tel:03-6407-8998
E-mail:imaikazumasa@icloud.com
営業時間:ランチ 12:00~16:00 ディナー 18:00~23:00
公式WEB



バリラ×IW100 バリララザニアウイーク2024
開催概要 

W100に参加する12軒で、バリララザニアウイーク2024のために創作したラザニアが以下の期間限定でメニューに登場!(※ご予約、詳細は各レストランまでお問合せください。)

提供期間:2024年 7月10日(水)~16日(火)  
「De Lasanis デ・ラザニス」

「ペペロッソ」今井和正シェフの今年の作品は「De Lasanis デ・ラザニス」。まず中世の古い文献を研究し「発酵ラザニア」にたどり着いた。普段から使用しているパンから作った発酵液にラザニアを浸してから蒸し、さらに発酵液で茹でる。ソースはシンプルにペコリーノにナツメグ。パンの香りと発酵水が生み出す独特の食感、そしてなによりシンプルさゆえに生地の卵感が際立つ。究極的にラザニアの存在意義を突き詰めて、過分な装飾を排除したそのピュアな味わいは必食の価値あり。