過日ローマの下町トラステヴェレにある老舗料理店「ケッコ・エル・カレッティエレ」を訪れた時のことである。何を食べようかメニューを眺めていると御者風パスタ「スパゲッティ・アッラ・カレッティエラ」があるのに気が付いた。そういえばローマ風カレッティエラはまだ食べたことがないなと思い注文したのだが、登場したそれは濃厚トマトソースにツナ、ドライポルチーニが入ったかなり固めアル・デンテのブカティーニ。いわゆるツナとキノコのトマトソース・パスタだった。

フィレンツェのトラットリアが好きな人なら大抵食べたことがあると思うが、フィレンツェで食べるカレッティエラはニンニクと唐辛子とトマトソース、つまりアッラビアータでツナもキノコも入っていない。「アルベリーニ@神楽坂」「サンヤコピーノ@錦糸町」「エダ@白金」「トラットリアッチャ@広尾」などフィレンツェ帰りの日本人料理人がいる東京のイタリア料理店で登場するソウルフード的カレッティエラもやはり同様にニンニク、唐辛子、トマトソースである。以前フィレンツェにあるトラットリア「アルマンド」を取材した時に聞いた話だが「カレッティエラ」とは寒い冬でも雨の日でも御者が客待ちの間にすぐ食べられて体があたたまるように、ということからニンニクと唐辛子を効かせるようになったという。ちなみに「アルマンド」の場合はタマネギのソフリットを入れてやや甘口にしてあるのが特徴である。タマネギ入りもいいがやはりシンプルなトマトソース、ニンニク、唐辛子のパスタは何度でも食べたくなる味で、今は経営が変わってしまったので行かなくなったが、かつてよく行っていたフィレンツェのトラットリア「ヴィナイーノ」ではいつも必ずカレッティエラを注文していた時期があった。

Spaghetti alla carrettiera@Vinaino,FIRENZE

一方シチリアのバゲリーアにある老舗「ドン・チッチョ」で食べたカレッティエラは生にんにくに唐辛子、オイル、チーズ、プレッツェーモロとかなりハードなパスタだった。しかも案の定パスタはブカティーニでかなりハードタイプのアル・デンテ。「ドン・チッチョ」ではこのカレッティエラを注文すると紙エプロンをつけてくれるのだが、それもさもありなん。食べにくさではパスタ界ナンバーワンともいえるアル・デンテのブカティーニはオイルやニンニクをピンピンと弾き飛ばし、気をつけていてもナプキンもテーブルクロスもオイルだらけになってしまうのだ。

シチリアのカレッティエラは一説によるとシチリア中部のヴァッレ・ディ・プラターニが発祥の地だといわれている。御者が携行可能な保存食で食事を作ったのが始まりという点は同じで、シチリアの場合はニンニク、オイル、チーズ(パルミジャーノもしくはペコリーノ)、唐辛子がデフォルトだがマグロのオイル漬けやドライポルチーニが入るバージョンもあるというから、なんだかやけにローマ風に近くなって来たではないか。いずれにしても上記食材はすべて保存がきく保存食である。そもそも乾燥パスタが生まれたのも旅の携行用に小麦粉を水とともに練って乾燥させたのが始まりで、イタリアで初めて文献に登場したのもやはりシチリア、1154年アラブの地理学者アル・イドゥリージによる記録だった。それはパレルモ近郊、現在のテルミニ・インメレーゼ周辺で天日干しにされ「トゥリア」と呼ばれていたという事実を鑑みると、シチリアのカレッティエラというのもその生誕理由にかなり説得力がある。

そしてシチリア風カレッティエラの親戚とも呼べるローマのカレッティエラに戻るが「ケッコ・エル・カレッティエレ」は1935年創業。ケッコとはフランチェスコのローマ風呼び方であり、創業者のケッコことフランチェスコ・ポルチェッリ Francesco Porcelliは馬に荷台を引かせ、フラスカーティなどローマ近郊のワインの産地から自らワインを運んでいたという伝説の人物だ。まもなく「御者のケッコ=ケッコ・エル・カレッティエレ」は下町の人気店となり、詩人のトゥリルッサや映画監督のフェデリコ・フェリーニが足繁く訪れるようになった。ケッコは1961年にこの世を去ったが、当時ケッコは馬に揺られながらワインを運び、昼時になると馬車を止めてカステッリ・ロマーニの美しい風景を見ながらこのパスタを作り、食べていたのかもしれない。貧しい暮らしと貧しい食材から生まれたクチーナ・ポーヴェラとは、イタリア料理の世界においては最大の発明だと常に思うが、そう考えるとフィレンツェ風カレッティエラもシチリア風カレッティエラももちろんよいが、このローマ風カレッティエラとは実にノスタルジックかつ味わい深いパスタではないだろうか。

Bucatini alla carrettiera@Checco Er Carrettiere,ROMA