2024年7月7日(日)バリラ主催の「PASTA CHAMPIONSHIP ASIA 2024 JAPAN」が東京・服部栄養専門学校で行われ、福岡「FUCHIGAMI」渕上誠剛シェフが優勝した。これはイタリア食文化の継承を目的に世界中のイタリアンシェフの育成に注力し、シェフたちが世界の檜舞台で活躍するための登竜門となることを目指している大会だ。今回は予備審査を通過した6名のシェフが日本各地から集まり、パスタ日本一を目指して熱い闘いを繰り広げた。

開会に先立ちバリラ・ジャパン代表取締役ニックヒル・グプテ氏は「日本のイタリアンシェフはとてもレベルが高いと思っている。多くの応募者の中から選ばれたメンバーだということを誇りに思ってほしい」と語った。またバリラ アジア パンパシフィック エグゼクティブシェフ アンドレア・トランケーロ氏は現在アジア各国の決勝戦を巡回しているが「日本のイタリア料理は他のアジア諸国に比べると非常にレベルが高い」と6名のシェフを激励した。「サドレル」「アルマーニ / リストランテ」など東京の錚々たる名店のシェフを経験したアンドレア氏は日本経験も長く日本の食材、イタリア料理に精通している。そのアンドレア氏の言葉には重みがあり、参加シェフたちはあらためて身の引き締まる思いで決勝に臨んだのではないだろうか。

今回の参加シェフは写真左から登場順に以下の通り(敬称略)。一方審査員はアンドレア・トランケーロ氏の他に2019年「Barilla Pasta World Championship」優勝の「サローネ2007」弓削啓太シェフ、そしてITALIAN WEEK 100 ディレクター池田匡克の3名による実食審査と質疑応答形式によって行われた。各シェフは45分の持ち時間で審査用パスタを調理して審査員席に届けると、そのままただちに英語でプレゼンテーションを披露した。

石井良幸 / Trattoria TESORINO rosso(大阪)
岡島大輝 / JW Marriotto Hotel Nara(奈良)
寺田昂将 / La Scogliera(東京)
渡邉陽介 / SATS TFK(千葉)
渕上誠剛 / FUCHIGAMI(福岡)
鈴木裕士 / 串羊(東京)

5番目に登場した渕上シェフの調理シーンをアンドレア氏と共に見学している時のことだ。渕上シェフが完成間近のパスタを湯葉と豆乳クリームで仕上げているのを見て「ヴィーガン・パスタだ」と驚きと共に二人で顔を見合わせた。今回登場したパスタのレシピ(英語版)が審査員に配布されたのは開始直前。事前にレシピに目を通す時間もなかったのだが、その時「FUCHIGAMI」でヴィーガン・コースを食べた昨年末のことを思い出した。まさかヴィーガン・パスタで決勝に挑むとは。パスタを仕上げた直後、大汗をかきながら英語でプレゼンテーションする渕上シェフの真摯な態度もまた審査員全員の心を打つものだった。パスタ名は「Sublimation of Climate(風土の昇華)」。フードロスや環境を考慮しながらも日本古来の食材を使ってイタリア料理へと昇華させ、さらには未来のイタリア料理の方向性を示唆するヴィーガン・パスタは、渕上シェフがすでに日本大会からその先の世界へと目を向けていることがわかる、そんなメッセージ性に富む素晴らしい料理だった。

これまでの審査の過程でアンドレア氏は何度も「レイヤー」という言葉を使った。これはあくまでもパスタが主役ではあるが、他の構成要素=レイヤーもきちんとその存在が見えないといけない、という意味だが、渕上シェフのパスタは薫香、クリスピーさ、日本ならではの麹の香り、豆乳や湯葉ならではの懐かしさと甘さなど、さまざまな食感と香り、味わいなどのレイヤーがそれぞれきちんと自己表現していた。全てのパスタの実食審査が終わるとすぐに審査員の間での総評が行われたが、渕上シェフが優勝にふさわしいとの結論に達するまでさほど時間はかからなかった。

今回レシピ作成やプレゼンテーションが英語でおこなわれたのは、2024年10月25日にマニラで行われるアジア大会を見据えてものもので、渕上シェフは日本代表としてアジア大会に挑む。過去2018年、2019年のパスタ世界大会「Barilla Pasta World Championship」を取材して強く感じたことは、語学力はもとよりいかに自分の出自、すなわちアイデンティティや母国の料理文化を外国の人たちに伝えることが重要か、ということだった。渕上シェフのパスタもプレゼンテーションも、すでに日本という枠を飛び越えて、アジア全体に日本の食材の豊かさとイタリア料理レベルの高さを示す料理だとあらためて確信した。10月のアジア大会には渕上シェフとともに、わたしも6人の審査員の一人としてマニラへ向かう。「Sublimation of Climate(風土の昇華)」がアジアの人々にどう受け入れられるかを見守るのも楽しみだが、まずは優勝といういう最高の結果を残した渕上シェフに心から拍手を送りたい。