【パスタの歴史】乾燥パスタの製造工程(9/全9回)
乾燥パスタの製造工程
乾燥パスタ作りの基本は、粉と水を練り、成型し、乾燥させる、の三つの工程で成り立っている。現在のような工場生産になってもそれは変わらない。ただ、19世紀末に動力が人力から蒸気、そして電気に代わり、1980年代以降の化学分析の発達により、品質が一層高くなった(品質そのものの安定、食感の良さ等)ことを除いては。
1 撹拌 L’impasto
ふるいにかけて不純物を取り除いた硬質小麦のセーモラ(セモリナ粉)に水を加えて混ぜ合わせて練る。かつては手で、ナポリでは足で踏んでいたこの作業のポイントは、粉に水を十分に浸透させ、なるべく生地に空気を含ませないようにすることである。加える水は、冷水の場合は15度〜20度、湯の場合は40度〜100度。粉の性質と、後の乾燥工程の方法によって温度を変える。伝統的に冷水を使っていたのはシチリア、リグーリア、アブルッツォで、ナポリは100度の沸騰湯を用いていた。硬質小麦の性質として、冷水を混ぜると最初は固いが、やがて柔らかい生地になり、湯であれば最初は柔らかく、やがて固く締まった生地になる。水分量は少なければ良質なパスタになるとされており、リグーリアなど北部は水分量を制限していたが、ナポリでは多めに加水した。そのほうが成型しやすいという利点があり、また、気候が恵まれていたため、後の乾燥工程での失敗も少なかったからである。
2 捏ねる La gramolatura
水分を吸収した小麦の粒子の隙間を圧縮して、均一で弾力がある生地にし、全体に色味を統一するための“捏ね”の工程。オリーブオイルでも、粉砕した実からオイルを絞る前に全体を均一にし、オイルの有効成分を効率よく抽出するためにこの工程があるが、実は、オリーブオイルの搾油から転用された方法である。オリーブオイルの挽き臼式が取り入れられる以前は、木のレバーを使って、レバーの一方は台に固定し、もう一方を人力で上げ下げして台に置いた生地をプレスするという方法がとられていた。餅つきと同じで、生地を頻繁に上下に返す必要があるため、人手も必要であった。レバー式、挽き臼式の後に登場したのが、ローラー式である。筋状の溝をつけたローラーを台上の生地の上で回転させる方式で、そのさらに改良型が、二つの円錐型の溝付きローラーを頂点を向かい合わせにして軸に固定し、軸を回転させると同時に各ローラーも回転するという円錐ローラー式。この方式なら生地自体も常に動くため、全体を満遍なく捏ねることができる。いずれにしても、第一段階の撹拌から第二段階の捏ねの工程は、不要な発酵を避け、生地表面の乾燥を防ぐため、素早く、かつ丁寧に行う必要がある。
3 成型 La formatura
パスタは、練った生地を薄く伸ばして切るという方法から、筒に生地を入れてところてんのように押し出すという方法をとることによって、別の次元のものとなった。生産量が飛躍的に増加したのである。現在、手打ちパスタや卵入りの乾燥パスタは生地をのばしてから切るという方法がほとんどだが、硬質小麦100%の乾燥パスタは、押し出し成型方式である。最初に登場した押し出し機はねじ式で、軸につけた回転棒を人力で回すことで下部の円盤が筒内の生地を押し出すというもの。オリーブオイルやワインのための葡萄を絞る道具と原理は同じである。人力に代わり、水力を利用したプレス機が登場したのは、1870年頃のナポリであった。現在は電力を使うが、生地をただ押すだけではなく、練りながら、しかも必要以上に温度が上がらぬように冷却しながらプレスするという方式がとられている。また、パスタの形を決める金属製の抜き型は、かつては筒の底に合わせた円盤形だったが、現在は円盤形もしくは長方形で、素材は発酵による酸のダメージを受けにくい銅やブロンズ製、ブロンズとアルミの合金製などが用いられている。
4 乾燥 L’essicazione
材料を選び、正しい練り、成型を行うことは、完璧な乾燥を目指すことに比べれば容易いことである。かつて、北イタリアやヨーロッパで作られるパスタがナポリのそれに及ばないと言われたのは、乾燥の“魔術”を持たなかったからである。19世紀末から20世紀初頭にかけて、どんなに機械が発達しようとも、乾燥工程だけはナポリの自然環境に敵わなかった。一年を通じて気温が安定して高いだけでなく、一日のなかで気温、湿度が適度に変化し、パスタ職人はパスタの状態に応じて気象の変化を巧みに利用して完璧な乾燥を成し遂げていたのである。乾燥工程は、単に乾かして保存性を高めるだけでなく、弾力を失わず、生パスタにはない味わいをもたらすのが目的である。そのためには、incartamento(表面乾燥)、rinvenimento(水分回復)、essicazione definitiva(最終乾燥)の工程を経なければならない。表面乾燥は、天日干しにして、表面にうっすらと膜が張ったような状態にすることでパスタ表面を傷つきにくし、また発酵などによる変質を防ぐ働きがある。この乾燥が行き過ぎると次の回復工程でうまく水分が回復できず、また足りなければ脆く割れやすくなる。表面乾燥の後、温度が低く、適度に湿度を保った屋内で休ませる。こうして水分回復させることによって、一度乾燥した表面に弾力性が戻り、内部の水分と同質化して、折れにくい構造を獲得する。その後再び天日と自然の風にさらし、不要な水分を完全に抜き取る。完璧な乾燥には、表面乾燥と水分回復を適度なタイミングで複数回繰り返す必要があるのだが、ナポリの職人はそれを長年の経験と勘でコントロールしていたのである。現在は、コンピュータ制御の乾燥機を使うが、原料小麦の性質、目指す仕上がりによって、低温乾燥(45度〜55度で20〜40時間)、高温乾燥(45度〜75度で7〜10時間)のどちらかを選ぶのが主流だ。ちなみに、ショートパスタに比べてロングパスタのほうが乾燥工程は複雑で長時間を要する。