Locanda del Campo
ロカンダ デル カンポ
雲仙普賢岳の麓にある一軒家のレストラン









島原半島の食材探求から生まれる、未知の食材との邂逅
長崎空港から車に乗り込み、国道251号線を雲仙方面へと南下すること約1時間。雲仙市千々石町の田畑に囲まれて佇む一軒家レストランが「ロカンダ デル カンポ」だ。トスカーナ州の古都シエナで料理を学んだ宇治拓磨シェフは彼の地で望夫人と出会い、2022年3月に望夫人の故郷である千々石町に念願のイタリア料理店を開く。「ロカンダ デル カンポ」とは「畑の中の旅籠」という意味だが文字通り周囲を畑に囲まれたその景観はイタリアの田舎にあるレストランのよう。シエナでよく見かけるような赤茶色の建物は周囲の環境に優しく馴染んでいる。コロナの影響で「ロカンダ デル カンポ」の開業は2年遅れたが、その間宇治夫妻は地元の農家とのつながりを深め在来種の野菜や島原半島で獲れるジビエ、小浜で水揚げされる魚介類など、地元食材の探求に時間を費やしたのだ。
料理はその時期に採れた地元食材を活かしたコース料理だ。最初に登場するのは佐賀県有明のアンデスレッドを使ったクロケッタでサフランとパプリカのマヨネーズと柔らかい地ダコ、ガゼ味噌と白ワインのソース。ガンガゼの濃厚な味噌が揚げたてのクロケッタの味を引き締めてくれる。「ズッキーニのスフォルマート」は、滑らかなズッキーニのフランに小さくて売り物にならないことからざっこえび(雑魚エビ)と呼ばれる小さなエビ、ねたりいわしをニンニク、卵黄とともにソースにしてある。ざっこえびの甘くて濃密な旨さに思わず唸る。
島原半島南部にある橘湾の「イサキとよこわまぐろ」は甘夏、うりぼうというスイカ、梅干し、ラッキョウ、いぎすのソプレッサータを春菊と落花生のソースで食べる。新鮮な魚介に酸味の効いた付き合わせと春菊のソースが清冽で、シシトウとピーマンのペペロナータは夏の訪れを告げてくれる。パスタはトスカーナ地方ルニジャーナ地方に伝わる古代パスタ「テスタローリ」だった。これは古代の羊飼いの携行食にその起源が遡るといわれ、水と粉で練った生地を一度焼いて(乾式加熱)から茹でる(湿式加熱)非常に珍しいパスタ。宇治シェフはこれを鮑より美味しいという、3時間蒸した橘湾のコーン貝、早生キャベツ、実山椒とともにパスタに仕上げた。キャベツと一体感のあるテスタローリに旨味が強いコーン貝、海と山との組み合わせは非常に味わい深い。パスタはもう一品「オレキエッテ」。これには対馬の鹿肉とスイスチャードの組み合わせ。メインは「小猪の肩肉のロースト」で子豚のような若々しい猪は野生の趣を身に纏わせ、ローズマリー、タイム、オレガノといったハーブの香りがトスカーナの田舎を思い出させる。驚いたのは付け合わせの黒田五寸人参だ。大村市が発祥の伝統野菜は非常に糖度が高く、歯切れのよい繊維がカボチャを思わせる。これには平戸の福田酒造のみりんに昆布ともち麦のソースで、麦芽糖のような甘さをプラスしている。
これらの料理は全て宇治夫妻の二人三脚で次から次へと登場する。レストランの手作り感は料理にも反映されており、都会では味わえない雲仙ならではの味に満ちている。九州を訪れるたびに思うのはその食材の豊かさだが、ガンガゼやじゃこえび、コーン貝、黒田五寸人参など、都会では知り得ない食材の魅力と味を再発見させてくれるのが「ロカンダ デル カンポ」の料理だ。
chef profile

宇治 拓磨
TAKUMA UJI
1986年岡山県生まれ。芦屋「リストランテ ベリーニ」を経て渡伊。約4年間シエナに滞在し名店「オステリア・レ・ロッジェ」で学んだのち帰国。地元岡山を経て2022年3月に望夫人の故郷である雲仙市千々石町に「ロカンダ デル カンポ」を開店。
INFORMATION
長崎県雲仙市千々石町己333[google MAP🔗]
Tel:0957-47-6270
営業時間:ランチ 11:30〜13:30(入店) ディナー 17:30〜18:30(入店)
➣ 公式WEB
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私達のレストランは長崎県の島原半島の入り口。雲仙市千々石町にあります。ありきたりな言葉ですが美しい自然に囲まれた自慢の土地です。当たり前ですが、参加させていただく上で今回のテーマ「パスタの存在証明」について深く考えました。その過程でイノベーティブ料理や地方ガストロノミーと言う言葉が先行する現在の料理界で「イタリア料理」の立ち位置。もしくは私達が提供する料理が「イタリア料理」であることの意味について自分達なりに紐解きました。
まずはじめに、ディレクターの仰る通り現代の日本における「イタリア料理」の表現方法。またはそのものの存在意義は「パスタ」にほぼ集中していると言っても間違い無いと思います。私達のように田舎町で「イタリア料理」店を営んでいるとお客様によく聞かれる「お宅はスパゲッティやピザは食べれるとかね?」と言う言葉にもそれは良く表れています。お客様のイメージも「パスタの存在」こそ「イタリア料理」であるかどうかが深く関連しています。中でもコース料理を構成するプリモピアットにおける「パスタの存在」の必要性は、解決方法は幾通りあれどもグルテンフリーなどの潮流にも負けず、日本だけでなく世界の「イタリア料理」好きのシンボル的存在だと強く認識しています。
シンボルであると同時に各店の個性をだすに当たって最も難しい部門だとも私自身は感じています。そう感じる理由として、トラディショナルにおけるプリモピアット「パスタ料理」がその他のアンティパストやセコンドピアット、ドルチェに比べてあまりにも完成されているからです。
一つの料理名でも無限にレシピが存在していることは承知しています。各家庭、各飲食店、各シェフによって同じ「パスタ料理」でも仕上がりはまちまちです。私達においてもそれは同じです。それを個性と言うならばそうかも知れません。しかしながら本質的な部分が完成されすぎていてメニュー化するにあたって、もはや介入の余地がないほどにどの「パスタ料理」のトラディショナルも美味しいのです。そう言った背景、想いもありコース内の一皿程はトラディショナルに近い型で提供することはあります。ですが現地で私達が学んで惚れ込んだトラディショナルをそのままに皿に反映してばかりでは私達のような田舎のレストランは長所を出しきれないままに飽きられてしまいます。集客力でおとる立地を選んだ私達が「本場」を全面にだしたスタイルでのぞむと、たちまち消費されて終わるということは開業1年目にしっかりと味わいました。その後はいっそプリモピアット。特に「パスタ料理」の概念を避けてしまえばいくらか楽に、より尖った個性をもつコースになるのではないかと考えていた時期もあります。しかしそれでは私達のお店が「イタリア料理」のレストランでは無くなってしまう。それは大きなジレンマであり現在進行形で向かい合う課題です。
一旦の解決策としていくつかのクリアすべき要素を自分達自身に用意しました。「パスタ料理」だけではありませんが、メニュー、コースを考える際に大切にしている要素は郷土性、汎用性、Cucina Poveraの精神です。特に「パスタ料理」は深くこれらを意識します。私達の中でこの三つは密接に関係しています。郷土性は言わずもがな、今私達がいる地域の食材や風土。そして千々石町を訪れて口にするものとして違和感のない物を。地元出身である妻と移住者である僕の五感を使って探したり、作り出したり、思い出したりしています。汎用性はクオリティーはさておき誰にでも作ってもらえる、作ってみたくなる、または変化の加えやすい物。それこそが「イタリア料理」が世界中で愛される美味しいに次ぐ理由だと解釈しています。
Cucina Poveraの精神はひと言で表せば素朴さ。見た目や味の派手さは無くとも。究極をいえば身の回りにある物や食材で事足りる。滋味深い料理である事。例え一見してトラディショナルの原型からヒントを得た皿でなくとも今の私達はその三つの要素を備えた皿は、私達の中でLocanda del Campoの「イタリア料理」であると胸を張って提供しています。前置きが長くなりましたが今回も沢山頭を悩ませ、絞り出した一皿です。
テスタローリは千々石町の林田さんの小麦粉に千々石の湧水を加えて。島原半島は本当に水が豊かです。「パスタの存在証明」というテーマにテスタローリを選んだ理由は、より原始的で根源的なインパクトを今回のテーマに感じたからです。そして「生地」という本質にフォーカスした時に小さなピザを前菜的に考えようか、それともカラザウのような…と思いましたが、原始的であり私達のお店でも定期的にプリモピアットとしてお出ししているテスタローリに辿り着きました。
「生地」を焼くという行程を経るテスタローリは独特な風味があり好きなパスタのひとつです。材料となる小麦粉はいわゆる強力粉ではありません。食材を厳選し洗練されたリチェッタよりも町内のご近所さんが育てた思い入れのある粉を選びました。生産量がとても少なくありがたみを持って使っています。千々石ブナとはこの地域で育てられる南瓜の名前です。出会って3年。毎年何かしらの形で提供し続けています。
今回は菜種油で素揚げした物を夏の間のピーマンを使ったピーマン麹味噌とestratto di pomodoro、マルヴァジーア品種の白ワイン、湧水で軽く煮込みました。千々石ブナは繊維の食感が軽く残る程度に。仕上げに今夏沢山とれたバジリコの塩蔵を添えて。
味覚としてragû単体だと物足りない部分も独特な食感と香りのテスタローリを合わせて食べると途端に「イタリア料理」として成立する、そう言った意味でもテーマである「パスタの存在証明」に沿ったメニューになりました。
特に狙ったわけではないですが、植物性の物で構成されており宗教や主義にかかわらず幅広いお客様に喜んでいただけると思います。もちろん仕上げにペコリーノロマーノなどをたっぷりと合わせても美味しいかと思います。
また隣町にある温泉地小浜町でこの料理を作るなら湧水でなく温泉水で生地を作り、焼き上がった生地も温泉で蒸すか茹でるかできるなぁ。そうなるとイタリア人ならまた違った名前で食卓に並べるのだろうなぁと、メニューを考えながら楽しくなってしまいました。
色々と考えたわりには出来上がってみるとシンプルでしたが、考えつくまでにはいくつもの偶然と幸運が重なった一皿です。こうして全体的に俯瞰して改めて思うのは「パスタの存在証明」と言うテーマよりかは私達の裏テーマ「イタリア料理」に向き合ってできた一皿だと思います。そう言った意味ではいつも通りのコンセプトの元に取り組んでしまったかもしれません。しかし結果はどうあれ「イタリア料理」を作れたことにひとまず胸を張っておきたいと思います。私達を存在させてくれている「イタリア料理」に感謝を込めて。これからも精進します。

