FARO能田耕太郎シェフ(左)とCAINOYA塩澤隆由シェフ(右)

銀座にあるイノベーティブ・イタリアン「FARO(ファロ)」はイタリア経験が長い能田耕太郎シェフが腕を振るう有名店だ。先日もイタリアンのレストラン・ガイド「ガンベロロッソ」により、2ツ星に相当する2本フォークが授与されたばかり。イタリアの伝統料理を現代的に再解釈した料理は国内外からの評価も高いばかりでなく、動物性の食材を一切使わないヴィーガンガストロノミーにおいては日本国内で並ぶものがいない第一人者として活躍。現代の日本を代表するシェフであることは間違いない。

その能田シェフがホスト役となり、2023年10月27日・28日の2夜限定で実に興味深いコラボレーションイベントが行われたので紹介したい。ゲストシェフは京都「CAINOYA(カイノヤ)」の塩澤隆由シェフ。鹿児島時代に一躍有名になったあと京都に移転し「NOT THE SAME=唯一無二」を理念とした他者が追随できない、イタリア料理を超えた独自の料理=イノベーティブ・ジャパニーズの世界を構築。現在は京都市内で移転、11月の新装オープン準備中ということで、東の能田に西の塩澤、東西を代表するイノベーティブの旗手による奇跡のコラボレーションが誕生したというわけだ。また、どちらもIW100に参加するトップイタリアンだ。

今回の料理テーマは、互いが得意とするシグネチャーディッシュの食材を用いての料理対決ともいえるコラボレーション。かつての料理番組を彷彿とさせる対決のようではあるが、料理ごとに両シェフが登場してのトークからはお互いの料理に対する深いリスペクトの念を感じ、二人とも心底楽しみながら料理をつくっている様子がありありと伝わってきた。

能田シェフが根菜、豆、胡桃などで作ったアミューズブーシュ(左)と塩澤シェフの「安納芋のベシャメルと菊芋とトリュフ」(右)。
能田シェフが根菜、豆、胡桃などで作ったアミューズブーシュ(左)塩澤シェフの「安納芋のベシャメルと菊芋とトリュフ」(右)

最初に能田シェフによる根菜、豆、胡桃などでつくったアミューズブーシュが登場した後、いよいよ料理対決がスタート。最初のお題は「芋」で、幕開けに塩澤シェフによる「安納芋のベシャメルと菊芋とトリュフ」が登場した。「トリュフを使ってはいますが、これはトリュフを味わう料理ではなく芋を味わっていただく料理です」と塩澤シェフがいう通り、安納芋の甘味と菊芋の旨味とほのかな苦味にトリュフの香りが調和した、大地を味わう料理だった。

能田シェフの代名詞的料理「じゃがいものスパゲッティ」

続く能田シェフは、代名詞でもある「じゃがいものスパゲッティ」を披露してくれた。これは以前能田シェフがローマで働いている頃、グルテンアレルギーなのだが美味しいパスタが食べたいというゲストのリクエストに答えて生まれた料理だ。ジャガイモを細く麺状に切り、イタリアの魚醤コラトゥーラとバターで調理。ジャガイモとバター、アンチョビという伝統的な味の組み合わせを再構築したパスタはヴィーガンバージョンもあり、能田シェフは常に作り続けている。バターのコクと魚醤の旨味、その影に潜んだリコリスの香りも心地よい。

塩澤シェフの「ミルフィーユと超ポルチーニ」

続いての対決食材は「秋刀魚」なのだが、これは塩澤シェフが得意とする食材。大量の秋刀魚を掃除し、綺麗にしてからミルフィーユのように何層にも重ねた「ミルフィーユと超ポルチーニ」は秋刀魚の風味はもちろんのこと、その緻密で丁寧な仕事ぶりに圧倒される。そえられた「超ポルチーニ」は塩澤シェフが得意とする減圧調理によって、ポルチーニの細胞を広げて味を浸透させたもの。ポルチーニの味が数倍にも感じられるまさに超絶ポルチーニだ。

能田シェフの「詰め物をしたパッパルデッレ セージ風味」

一方の能田シェフは再びパスタ料理で秋刀魚に取り組んだ。「詰め物をしたパッパルデッレ セージ風味」は、本来は手打ち幅広麺であるパッパルデッレを重ね、細長いラヴィオリ状にして秋刀魚のピューレを包み込んである。秋刀魚をソースにするのではなくパッパルデッレの中に閉じ込めるという逆転の発想。

ファロの厨房で肉を焼く塩澤シェフ(左上)。自ら肉を焼き、切り分ける(左下)。塩澤シェフ渾身の「シンタマのアイアンステーキと蕪」(右)。
ファロの厨房で肉を焼く塩澤シェフ(左上)自ら肉を焼き、切り分ける(左下)塩澤シェフ渾身の「シンタマのアイアンステーキと蕪」(右)
能田シェフの「テールの煮込みパートブリック包み」

「サステナブル和牛」となると塩澤シェフのギアがさらに一段高くなった。「シンタマのアイアンステーキと蕪」の調理の場面を厨房で観察したのだが、カーボンを削り出した特注のグリルパンを使って塩澤シェフが肉を焼き始めると、スタッフが全員が思わず手を止めてその迫力ある光景を見守っていた。焼き上がった肉は質感といい、味わいといい果てしない奥深さを感じるスケール感ある料理だった。塩澤シェフは肉を寝かせる時に塩に30%のトレハロースをまぜて保水効果を高め、中まで塩が浸透するように管理してから焼くという。目に見えない細部にこだわる塩澤シェフの真骨頂がここにある。
一方能田シェフは「テールの煮込みパートブリック包み」。これは牛テールを使ったローマの伝統料理「コーダ・アッラ・ヴァッチナーラ」を再解釈した料理。「塊肉を焼いても塩澤シェフには勝てないので」と謙遜するが、ゼラチン質豊富な牛テールを柔らかく調理し、パートブリックで包んで焼き上げた表面はぱりぱり、中はしっとりとした食感の違いが楽しめる料理。一見するとわからないがローマの力強さを奥に秘めた、能田シェフそのもののような料理だった。

「CAINOYA SUSHI + FARO SUSHI」

そして最後のハイライトは両シェフ合作による「CAINOYA SUSHI + FARO SUSHI」。塩澤シェフは減圧調理によって味を入れた魚を使った寿司を超えたSUSHI「CAINOYA SUSHI」が有名だが、今回は昆布出汁とひらめのスープを減圧調理によって細胞レベルにまで浸透させた平目、エビの出汁とアマトリチャーナソース、ココナッツミルクなどを浸透させた鹿児島のタカエビ、そして海苔の代わりに麹のモレソースを浸透させたジャガイモで巻いたイクラの軍艦の3種類。一方能田シェフはなんと「いなり寿司」を最後に持ってきた。とはいえ米にはバルサミコを使い、トッピングはポルチーニ、わさびではなく粒マスタードを使ったイタリア風のいなり寿司で、この夜全体を通して感じたさまざまな異なる酸味と甘味が重曹的、長い余韻が残る料理だった。

「料理人って若い頃はレシピを追いますが、僕ぐらいの歳になるとこの人が何を考えているか、そこに興味がある」という塩澤シェフ。そこはお互い共通するところがあるけれど、数字や分量とか聞きたいところはやはり聞けない、というが「僕は塩澤さんに聞きますけどね」と笑う能田シェフ。動と静というキャラクターで対照的に見えるけれど、お互い根底に流れているのは料理に対する飽くなき探究心。言葉にしなくても通じ合える共通理念、シンパシーにも似た世界観が伺える夢のようなひとときだった。

2023年11月にリニューアルオープンする新生CAINOYA塩澤隆由シェフ(左)とFARO能田耕太郎シェフ(右)

塩澤シェフが4か月かけて準備した新生「CAINOYA」は11月末に正式にオープンするので、どんな新しい塩澤料理が登場するのかも楽しみにしたいが、能田シェフは「今度は僕が京都に料理しに行きますよ」というから夢のコラボ第二弾もそう遠くない将来に実現しそうだ。

この夜のワインペアリングを彩ったワインの数々

最後に今回は塩澤シェフたっての希望で、これまた夢のような奇跡のワインペアリングだったことも特筆しておきたい。北から南までイタリアワインを中心にSUSHIには塩澤シェフが気に入っているというオーストラリアのスカイワインを。そして肉にはやはりトスカーナ、というこれまた塩澤シェフのスペシャルリクエストによって、今は亡きブルネッロ・ディ・モンタルチーノのレジェンド、ジャンフランコ・ソルデラの「ソルデラ2008」、 ブルネッロ協会設立メンバーの一人でもあるピュアでクリーンな「イル・ポッジョーネ2004」そして塩澤シェフが特別に出してくれた「ペルゴレトルテ2012」は夢のような料理の数々にさらなる華を添えてくれたことも忘れ難い思い出だ。

text & photo by Masakatsu Ikeda(IW100 Director)