発酵の可能性 Power of FERMENTATION

イタリア・ベルガモのリストランテ「Da Vittorio」が、液体化された日本の伝統調味料である塩こうじを採用した「液体塩こうじでマリネしたスカンピのグリル、ビーツのグラッサートとバッファローリコッタクリーム」。

北欧発の発酵料理は日本とイタリアの共通項

近年、ガストロノミーの世界でよく耳にするキーワードのひとつが「発酵」だ。特にここ20年ほどは北欧発のモダン・ノルディック料理が提唱するガストロノミーとしての「発酵」に世界の料理シーンが牽引されてきた感がある。北欧諸国では厳しい自然環境ゆえに保存食としての発酵が発達したのだが、日本においてはご存知のように国菌とよばれる麹菌から派生したさまざまな発酵食品があるが、味噌、醤油、酒、鰹節などはあまりに日本的すぎるためにイタリア料理に取り入れることを躊躇するシェフも多い。しかし、こと「発酵」という観点に立って俯瞰してみると日本とイタリア料理には共通項が実に多く、日本同様イタリアもまた発酵大国なのである。

6000年の歴史を持つワインなどの発酵食品

今現在も広く取り入れられているイタリアの発酵食品といえばワイン、コラトゥーラ=魚醤、生ハムやサラミ、チーズ、バルサミコなどがある。ワイン製造に関しては3000年ほど前にギリシャから南イタリアへと伝わったとされていたが、近年シチリアで6000年前の壺が発見され、さらに古い歴史があることが確認された。イワシを発酵させたコラトゥーラ、古代ローマ時代でいうところのガルムも「アピシウス」の料理書にそのレシピがいくつも残されており当時からポピュラーな調味料だったことがわかる。また、サラミやチーズもすでに古代ローマ時代には保存食としてイタリア各地で発達し、食卓を賑わせていたことも周知の通りだ。

そしてもうひとつ、イタリア料理史においての重要な「発酵」といえばパスタとパンの分岐点へと遡ることができる。

古代パスタからパンへ、それは文明開花の象徴

人類が製粉を覚えたのは紀元前7000年頃のチグリス・ユーフラテス川流域、シリア周辺といわれており、当時は粥状にして煮込んだプルスや、団子状にして煮たニョッキの原型、のような湿式加熱による原始的な料理だった。また、中近東の羊飼いやキャラバン隊は小麦を少量の水で練って焼く=乾式加熱、無発酵パンを常食とし、生地を伸ばして焼くパスタ、ラーガネ(ラザーニアの原型)、あるいはエトルリア人が常食したテスタローリはそうした無発酵パンの親戚的立ち位置であり、あちこちで同時多発的に誕生した古代パスタのひとつだ。そしてエジプト、ギリシャ経由でイタリアにパンが伝わる。小麦粉で練った生地を自然培養酵母で発酵させて焼いたパンは、それはそれは香り高く美味。古代世界から脱却した文明開化の象徴であり、発酵は神がもたらす奇跡だった。以来イタリアの食文化は花開き、無数のパスタやピッツァ、パンが誕生する素地となったのである。

「パスタ未来形」から「発酵の可能性」へ

昨年の統一テーマ「パスタ未来形」では実に多くのシェフがあらゆる形状のパスタに日本の文化や歴史、さらに未来をも詰め込んだ未来形のパスタを披露してくれたが、その中にすでにいくつも独自の発酵を取り入れたパスタがあったのも事実だ。「パスタ未来形 Pasta for the future」から「発酵の可能性 Power of fermentation」へ。それは日本でしかできない日本独自のイタリア料理の一形態ではないだろうか。もっと高く、もっと遠く、「発酵の可能性 Power of fermentation」を追い求めたイタリア料理に今年は注目したい。